『 海にいるのは 』

 

 

 

  よする波  うちもよせなむわが恋ふる 人忘れ貝下りて拾はむ

 

                            土佐日記 ( 紀貫之 )より

 

 

 

何回かの季節を この海辺に近い邸ですごすようになって、わたしは

海は じつに様々な表情を持っていることに気がついてきた。

 

一見温暖に思えるこの地方でも 寒さの季節には海はそれなりの厳しい表情を見せる。

それでも波間に戯れる煌きに 温かさを少しでも感じるようになると

季節は 駆け足で進みはじめ、 海原は一気にその表情を緩めだす。

 

 

 

 

「 ・・・あれ。 フランソワ−ズは・・? 」

「 うん? ああ、この時間じゃと・・・ 散歩じゃなあ。 下の海岸にいるじゃろうよ。 」

雑誌を手に リビングへ降りてきた褐色の肌の青年が 老人と言葉を交わす。

「 散歩ですか? こんな時間、もうすぐ暗くなりますよね? 」

「 ・・・・ああ。 星が見え出すなあ・・・ 」

「 ・・・・ そうですね。 」

国籍も ことばも。 肌の色さえ異なるふたりは 同じまなざしを黄昏どきの空にむけた。

「 そういえば 明日って。 」

「 ・・・・・ああ。 そうじゃの。 」

 

「 今夜は。 晴れるだろうか・・・・ 」

 

 

 

海鳴りの聞こえるちょっと古びた邸での日々は

老人と赤ん坊、 そして時たま思い出したように訪れる人たちとの静かな暮らし。

穏やかな日々が 淡々とわたしのわきを流れてゆく。

こんな時間がすごせるようになるなんて、 いまでも信じらない思いだ。

 

ヒトとは・・・・ 耐えられない、と思ったことも時とともに自然に受け入れてゆくらしい。

こころが 鈍くなるのか。  気付かないフリを しているのか。

寄せては引いてゆく潮が いつのまにか大地の様子を変えてしまうように。

 

 − そうね ・・・・・ 同じね。

 

うっかりしていると 昨日と今日のその境目すら滲んでながれてゆきそうな日々、

そんな中で、 夜明けと 入日ときの海岸の散歩は いつの間にかわたしの習慣になっていた。

 

 

わたしの心持になど まったく関係なく海砂は足元で 今日も同じ音をたてる。

 

 

焼け落ちた邸を再建し、なんとか普通の生活ができるようになったころ。

この地での <初めて>の春、

わたしは ただ・・・・やみくもに海岸線をあるいた。

ひたすら 足元に眼をくばり  波打ち際に 眼をこらし

何かを 捜して歩き続けた。

・・・・ それが なにか、なにを求めていたのか わからなかったのだけれど。

 

次の 春には。

やはり わたしはヒマを見つけては 海岸線を行き来した。

波打ち際よりも 遠くに目をやって   たゆとう波間に 視線を泳がせ

想い出を 拾って歩き続けた。

・・・・ それが なにをもたらすのかは わからなかったけれど。

 

昨日から今日へ。 そして 明日へ・・・・

時の流れに沿うように 永遠にゆらめく海は 不思議なうたを奏でる。

一日に二回、波打ち際を彷徨ううちに 

わたしはいつしかその密やかな饗宴に耳を傾けるようになっていった。

 

 

初夏もはじめのころ。 

わたしはこの季節になると 海岸にいつもより多くの貝殻が打ちよせるのに気付いた。

初めての年は なにかの異変か、と本気になって心配したのだが。

結局何事もなく、 ただ、 ある短い日々に集中して貝殻が集まるだけだった。

 

 

大潮。 そんな言葉で赤ん坊は理路整然と説明してくれた。

「 そうなの・・・・。 」

「 ウン。 ベツニ フシゼンナコトデハ ナイヨ。 シンパイハ イラナイ。」

「 ・・・・ ありがとう、 イワン。 」

 

 − ちがうわ・・・・

 

柔らかい銀髪を撫で、 まあるい頬にそっと口付けしながらも

優しく微笑み 穏やかに彼の名を口にしながらも

わたしは こころできっぱりと否定する。

 

 − ちがうもの。 あなたには わからない。 なんにも わかるわけが ないわ。

 

わたしの腕のなかで ちいさな身体がびくっと震え、細い泣き声が漏れる。

わかったんでしょう? 

やわらかく抱いて やさしく揺すって・・・・

でも 赤ん坊はなかなか泣き止まなかった。

わかったのよね。

 

 

まるで・・・・ なにかのメッセ−ジのように

てんてんと 波打ち際にさまざまな形の貝がその残骸を散らばせる。

 

ひとつ。  ここにも ひとつ、  ほら そこにも ひとつ。

ひとつ ひとつに違う感触に わたしは夢中になっていった。

 

「 やあ・・・・ すごいねえ。 」

「 ・・・? ・・・ 」

突然の声に 顔をあげれば 褐色の肌に白い歯が綺麗に笑っていた。

 

「 僕の国には海は無いからね。 ここへ来るのはいつも楽しみだよ。 」

「 ・・・ そう? 」

「 随分たくさん拾ったね。  見てもいい? 」

「 ええ、 どうぞ? 」

「 ありがとう・・・・。 へえ・・・・ 」

 

白い貝殻が彼の器用そうな掌で なおさら輝いてみえる。

「 なんていう貝なんだろう。 」

「 さあ・・・。 わからないけど。 綺麗でしょう? 」

「 ・・・・ うん。  人忘れ貝って こんなのかな・・・ 」

「 ヒト・・・・? 」

「 人忘れ貝。  日本の古い物語に あるんだ。 

 古い日本語のでさ。 和歌って知ってる? 」

「 ・・・ええ。 短い定型詩、みたいなのでしょう? 

 ・・・ちょっとだけ、 そう・・・桜がテ−マのを 教えてもらったわ。」

 

 − ねえ? そんなに気を使わないで・・・

 

一生懸命 視線をずらせている彼に わたしはこころの中でそっとつぶやく。

大丈夫よ、わたし。 涙は・・・・ 尽きてしまったもの。

 

「 船旅をしていた主人公が あるヒトを忘れたくて・・・ 手にすると悲しい思い出を

 忘れるコトができる、という貝を拾おうっていう意味らしいんだけどね。 」

「 ・・・・ 貝? 貝殻の貝なの? そんな・・・・貝があるのかしら・・・ 」

「 その人にとっての。 その人だけの <人忘れ貝> なのかもしれないね。 」

 

すべすべする貝殻の感触を 彼はしばし楽しんでいた。

 

 

「 ・・・・・ あなたも。 拾ったの・・・? 」

「 ・・・・・ いや。 」

 

「 なぜ? 」

「 ・・・・・ なぜ? 」

「 ・・・ なぜ ・・・・?  」

 

 

黙って、でも大地色のその瞳を彼は不意に揺らめかせ、つい・・と身を屈めると

足元の貝殻を拾った。

 

 − ああ、そうだ・・・。 この人の大事なヒトも。  水に沈んだ・・・・

 

なにも言わずに、彼の国に輝く太陽のほほえみを残して 彼は静かに踵をかえした。

その手に ちいさな白い思い出を持って。

 

 

わたしは 貝を拾う 

ひとつ ひとつ こころを込めて。

だって これは あの人のメッセ−ジ

 

いま やっとわかったの

 

 − いつも ここにいるよ

 

あなたの やわらかな声がはっきりと甦るわ。

 

ほら

耳に当てれば  柔らかなあなたの吐息が 熱くささやく

− あの夜のように・・・

ほら

肌につければ ちょっとひんやりしたあなたの指が そっと触れるわ

− あの夜のように・・・

 

 

ええ・・・ わたしは 拾うわ。

忘れるためではなくて。 この白さを目にするたびに

想い出を鮮明にするために。

封印するためではなくて。 この冷ややかさを耳に当てるたびに

懐かしいあの声をきくために。

 

わたしは・・・・ 拾うわ。

 

 

 

海にいるのは。

わたしの想い  あなたのこころ

 

寄せては返す 永遠の恋心・・・ 

その永久なるたゆたいにわたしは 身を委ねて

今日も 明日も 明日も。  この海を この空を 見詰め続けよう。

 

 

 − そう、 明日は。 あなたの お誕生日。

 

 

あなたが 宇宙( そら )へ そして 海へ 還った日よりも

この世に 生まれてきた日を大事にしたいの。

 

「 ・・・・ おめでとう ・・・・  ジョ− ・・・・ 」

受け取るヒトのいない言葉は しずかに波間に呑み込まれいく。

 

 

海にいるのは。

わたしのこころ  あなたの想い

 

・・・・ そう ・・・・ 海にいるのは ・・・・

 

 

*****  Fin.  *****

Last updated: 05,17,2004.                     index

 

******  後書き  by   ばちるど  *****

拙作『 早春賦 』 の逆?バ−ジョンです。 平ゼロ・ヨミ編設定。

お誕生日祝い・・・には相応しくないです(きっぱり)